ハガキから聖地特定! ゴッホの遺作をめぐる迷信と真実

 非業の死をとげた炎の画家フィンセント・ファン・ゴッホの逸話はあまりに有名だ。

 南仏アルルで自らの耳を切り落とした事件はとりわけセンセーショナルで、耳の欠けた自画像とともにゴッホの苛烈なイメージを築き上げてきた。

 事件後、ゴッホは精神病院での療養をへて、パリに近い牧歌的な村オーヴェル=シュル=オワーズで晩年を迎えることになる。死因は拳銃自殺で、37歳での逝去だった。

よく知られたゴッホの遺作

 ゴッホの最期の作品として語られる絵画としては「カラスのいる麦畑」(1890)の印象が根強い。

 しかし、実はこの作品が絶筆だという明確な根拠は示されていなかった。長年、真実を伏したままゴッホの遺作として信じられてきたのだ。

「カラスのいる麦畑」Vincent Van Gogh (1890) image credit: Wikipedia

 不吉な夜景に飛びかうカラス、不安定な筆致で描かれた黄金の麦畑は、画家が死を間近に感じながら描いたとするのに充分な説得力があった。

 特にキリスト教信仰と深く結びついたヨーロッパ社会では、麦畑は象徴的なモチーフだった。

 聖書のなかでは麦を暗示する言葉が繰り返しあらわれる。

一粒の麦もし地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん、死なば多くの実を結ぶべし

ヨハネの福音書12章23~26節

 これは代表的な例で、麦の種まきは人の誕生、麦刈りは人の死を象徴する。

 それゆえ、収穫期の熟れた麦畑を描いた風景画は、この絵を眺めた鑑賞者達に暗い死のイメージを植えつけた。「カラスのいる麦畑」は巨匠ゴッホの遺作としてもっともそれらしい絵画だったのだ。

真の遺作「木の根」

 最新の美術史研究においては「カラスのいる麦畑」を遺作とする説は研究者たちにより否定されている。

 実際にゴッホが最後に描いたのは「木の根」(1890)というタイトルで知られる絵画だ。

「木の根」Vincent Van Gogh (1890) image credit: Wikipedia

 ゴッホは亡くなる日の朝に森の風景を描いていたという記録が残っている。未完となったこの作品は、自殺の直前まで手がけていた可能性が高い。

 近年の研究でこの絵画のモデルとなった場所は、オーヴェル=シュル=オワーズにあるアルテュル・ラヴーの宿付近の道であると判明した。

 フランスに残っていた古いはがきに映っていた風景がゴッホの描いた「木の根」に酷似していたのだ。

 この地域は現在、保護のためにフェンスで封鎖されているが、のちに一般公開される予定だ。

photo credit: Hindustan Times

 ゴッホが暮らしていた当時、オーヴェル=シュル=オワーズの村の周辺には雑木林が広がっていた。

 住民たちは雑木林まで出かけ、木を切り倒して薪木などに利用していたのだ。

 伐採された切り株から新芽が出て、数年後には大きく成長し、また切り倒される過程をくり返すうちに、木々は複雑なかたちに変化していった。

 奇妙なかたちにうねった木々は、画家に鮮烈なインスピレーションを与えたのだろう。

 人生最後の2ヶ月あまりの期間、ゴッホは「カラスのいる麦畑」や「木の根」のほかにも、情熱的な筆遣いで自然を描いた秀作を多数残している。その数は70点にものぼり、晩年のゴッホの特徴である荒々しい筆づかいで描かれた作品がほとんどだ。

 絵画の制作に取り組みながら死を覚悟するまでのあいだに、彼は何を想ったのだろう。

 拳銃自殺というかたちで劇的な人生に幕を下ろした炎の画家は、穏やかで美しいオーヴェル=シュル=オワーズの村の墓地で今もひっそりと眠っている。

image credit: Wikipedia

引用元:
Hindustan Times

応援よろしくお願いします!にほんブログ村 ニュースブログ 海外ニュースへ

Twitterで更新をチェック