全身まひで40年間引きこもった男性、〇〇で人気者に(インド)

 ラジーフ・パドルは9歳で原因不明の全身まひになり、それから40年間ずっと自宅から出ていない。学校へ行けず友達とも遊べなかったラジーフは、落ち込み何もする気力がなくなった時もあった。しかし不運にめげず努力をし続けることで、ラジーフの人生に転機が訪れた。

悲劇は突然訪れた

 1980年1月28日、9歳のラジーフは普段通り学校から戻ってきて宿題を終え、早めにベッドに入った。

 しかし夜中に突然の腹痛におそわれ、ラジーフは泣いて母親を呼んだ。母親にも原因が分からなかったため、ラジーフに薬を与えてそのまま眠らせた。

 翌日になると腹痛は収まったが、高熱が出てベッドから起き上がれない。両親はまだ体が弱っているのだろうと思い、食事の後ラジーフをまた眠らせた。

 数時間後ラジーフが起きた時に異変は起きた。足に感覚がない。母親はパニックになり足を強くつまんでみたがラジーフは全く痛がらなかった。

 ラジーフはすぐに病院に連れていかれたが、医者にも原因は分からずその日からラジーフは肩から下の感覚を失うこととなった。

Wheelchair
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自分の使命を探し、もがく

 ラジーフはそれ以来ずっと自宅にいる。車いすに乗っていても床ずれを防ぐために30分に一度誰かが座り直させないといけないため、学校には行けなかった。

 リハビリを重ねて少しずつ手は動くようになったが、友達と同じように遊んだり学校へ行ったりできないラジーフは自分に無力感を覚えていた。

 ラジーフが14歳の時、自分の治療のために家計が苦しいことを知り、何かできないか考えた。当時を振り返ってラジーフは「これが僕の人生だ。何もしないで状況がどんどん悪くなるのを待つのか、行動を起こして変えていくかは自分次第だ」と考えたという。

 ラジーフが思い付いたのは読書だった。これなら手を少し動かすだけでできる。それから手に入る本は片っ端から何でも読んだ。友達らが高校を卒業して働き出すのを見て、自分はまだ何もできないと落ち込むこともあったが、ひたすら読書を続けた。また株のトレーディングに興味を覚えて本で勉強し、オンラインでトレードも始めた。

Books
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人生の転機は突然やってきた

 ラジーフが23歳になった時、家族は住み慣れた場所から大都市コルカタに引っ越した。近所にはたくさんの貧しい子どもがいてラジーフは話し相手になっていた。

 本や教科書を読んで蓄えた知識を子ども達に教えてあげたところ、子ども達はとても喜んだ。ラジーフは今まで教師をしたことがなかったが、子ども達の喜ぶ姿を見て自分は教えるのが好きだと感じた。

Kids_book
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 ラジーフは数学や世界で起こっていることについて授業をした。授業は近所で評判となり生徒の数はどんどん増え、10人から100人にもなった。この頃には株のトレードで利益を出し家計を助けることができていたので、子ども達から授業料はとらず授業を楽しみながら続けた。

 「私の使命は教えることでした。子ども達に授業をすることで、逆に私がその使命に気付かされたのです」 

ラジーフの情熱は途切れない

 49歳になったラジーフは健康状態が悪化し生徒数を減らすことになったが、すでに教えた生徒の数は数千人になっていた。

 ラジーフの教えることへの情熱はなお衰えず、授業の代わりにYoutubeでKnowledge Cupsule というチャンネルを開き、経済や時事問題について分かりやすく解説を始めた。

 新型コロナウィルスによってロックダウン(都市封鎖)が起きた時もラジーフはインタビューでこう語っている。

 「多くの人が自宅に閉じ込められてとても辛いと言っています。でも私を見てごらんなさい。40年間ずっと自宅にいても、こうやって子ども達や多くの人に授業をすることができるのです。皆さんが自宅から出られるようになったらもっと素晴らしいことができるでしょう。もう少しです、頑張りましょう」

 自分の人生の目的を見つけ輝いているラジーフは、逆境を乗り越え素晴らしい人生を送っている。

引用元:
NDTV.com
Edexlive.com

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